視界は明瞭で鈍かった手の感覚も良くなってきた。
心の中にあったもどかしい気持ちは溶けていき、
朝日を見たときの様な、えも言われぬ感覚がそこにはあった。


ただ、やっぱり消しきれぬ小さな想いだけはそのまま心の奥に埋まっているれど―





thermonuclear fusion






カチカチと時計が動いている。

それを見つめていたは何だか無性に喉が渇く感覚に襲われ身体を起こした。
この部屋に残っていたヴァンが心配そうに話しかけてくる。


「いいのかよ、起きても」

「起きれなかったら起きないわよ?」

「確かにそうだけどさ」

「皆は?」

「ああ、アーシェと今後の行動どうするかって外に出てった」

「そう、それでヴァンだけ置いてきぼりくらちゃったんだ、ごめんね」

「いや、、本当はさバッシュが残りたいって言ってたんだ。でも、、」

「―彼、残ってたらきっと自分を責めるから。。。。ありがとうヴァン」

「いいんだ、それより調子は?」

「これだけ喋れるから大丈夫なのに、過保護すぎよ皆」

「そんな事言ったて、突然だったろ。めちゃくちゃ心配してたんだぜ皆」

「うん、迷惑かけたと思ってるの。でも嬉しかったわ、ありがとうね」

「いや、いいよ。元気になったんだしな」

「ええ、もう大丈夫よ。だからヴァンもお出かけしてくれば?」

「そうは言っても、、、、」

「ならお使いって事にして?。それに私、着替えもしたいし」

「・・・そっか、じゃ俺ちょっと街に行って何か買ってくるよ」

「お願いね、いってらっしゃい」


手を振りヴァンを見送った後、テーブルに置かれていた水差しから水をコップへと注ぎいれる。
夕方間近の黄色い日差しがキラキラと反射する。それを口に運びゆっくりと喉へと流し込む。

身体の中に入ってゆくのが分かるほど水分を欲していた。
何だろう、この感覚は。。。
どこかで感じた事がある。そんな気がした。


そう、、、多分この感覚―



「もしかして風邪・・・・?」


そう思うとそんな気がしてきた。

良くなってはいたのに、色んな要素が加わって悪化してしまったのだろう。
弱っている時はその影響を受けやすいから。
久しぶりの状況にどうしたものかと考えるが、気だるさにおされてそのままベッドの中へと倒れこむ。





―それから目を覚ましたのは寒気を感じたからだった。

面倒くさそうに体を起こして布団に手を伸ばす


コンコン―


何の音かと一瞬考えこんでしまったが、もう一度扉を叩く音がしクポ〜と声が聞こえ
対応に向かおうとベッドから足を下ろし立ち上がる。

ゆっくりと歩いた筈なのに弱っていた体は思うように動かず
近くにあった椅子に掴まろうとしたのだがそのまま一緒に倒れこんでしまった。


その音を聞いてドアを開けたノノが駆け寄ってきた。

「どうしたクポ?!」

「・・・ぅ〜転んじゃった・・・」

「大丈夫クポ??」

返事をする前に声の違う問いに言葉が止まった。

「どうしたんだ!?」

ノノが入ってきた時にドアは開きっぱなしだったのだ。
足早に側にきて膝をついて私の顔を覗きこむ彼の姿に少しだけ目線を下げてしまった。


「バッシュ・・」

「ノノの声が聞えて来てみたんだが」

「いえ、ただ転んでしまっただけなの」

大丈夫だと笑顔で示してバッシュとノノに謝った。

「本当よ、大丈夫だから」

「ならいいが、起きれるか?」

そう言われ、支える様に差し出された手をとってしまった−
いつもならしない事に自分で驚き手をその引っ込めようとするが、
大きな掌がそれをさせまいと強く握り動きを止める。



「ノノ、悪いが水とワクチンを持ってきてくれないか」

「クポ?」

は具合が悪いらしい」

「分かったクポ!」

ノノはそう言ってトテトテと部屋を出てドアを閉める、私達二人を残して。


「無理をし過ぎではないのか」

「自分でも気付かなくって・・さっきまで寝ていたんですけど」

ベッドに座らされてバッシュは肩膝をついた姿勢で私の額にそっと手を伸ばす。
不意な事で体を引いてしまったが追いつかれ冷たい掌が触れた―


「熱いな、辛くないか?」

「バッシュの手、とても心地いいわ」


冷たさと人の温もりのせいか求めるように彼のもう片方の手に伸ばす

手を取り導くように自分の首元にあてがえば気持ちよさにため息が出た



「。。。

名前を呼ばれ我に返り、重なった目線と手を外した

「ご、ごめんなさい」

「いや、冷たい手が役に立ってよかった」

そう言ったバッシュはまた私の首に手を置いてくれた。
は目をつぶりながら口元は柔らかく笑みをつくる。

「・・・手が冷たい人は心があったかいって言うわ」

そっと重ねられた熱を帯びた手

「だからもう少しだけ」

「―・・・」



触れる彼女の首は華奢で簡単に折れてしまいそうで間近で見るその顔は改めて綺麗だと思う。

自分の掌からその鼓動の早さが伝わってしまわないだろうかと不安に思っていると小さく呼ばれた名前。


「バッシュ・・・」

は一呼吸置いてまた口を開いた。

「もう少しだけ甘えてもいい?」

嫌だと言うわけもなくその言葉の続きを待つ。


ゆっくりと開いた瞳と熱を帯びている彼女の声は妙に艶やかで心臓が高鳴っていくのが自分でも分かった。
動く唇から放たれる望みにそれはより強く動きを早める。


「―抱きしめて・・・ほしい」



そう告げる彼女の目は不安げで、もしかして答えを求められているのかと今更ながらに気付いた。

どうして俺の所に来たのかと問いた夜、そして、ついてきてると分かっていながらそれを無言で了承した雨の日。
それは他でもなく自分がの存在を受け入れている証拠なのに臆病な俺が彼女をこんな状態に追いやっていたんだ。

誰よりもその答えを望んでやまなかったのは俺自身なのに―――-




「・・・済まない」


の手を取り、そっと下に降ろす。


「・・・・・・」


詫びる言葉と拒絶された想い―
軋んだ心は目の前の事に耐えられず、瞳を強く閉じ俯むいてしまった。しかし―

その頬を包み込む大きな手はさっきの添えるだけのものとは違い、強く、そして優しい。


「・・・っ」

喉の奥が詰まるような感覚、強引に顔を上げられ弱った体と心ではそれを拒絶できず
囁くような声で名前を呼ばれ苦しさが募っていく。



「―――・・・」

ギシリという音と共に揺れた足元。
乗せられたバッシュの膝がベットに埋まりの体は傾き抱き寄せるようにその腕が背中へと回される。

互いの頬が触れるか触れないかの抱擁―



「―好きだ」

低く耳元で囁かれ胸が割れてしまいそう。耳にかかった吐息に背中にゾクリと震える。
そしてもう一度、より一層強く抱きしめ想いを言葉へと変えてゆく。


・・・・好きなんだ」

「・・・・・・・―」


固定された腕は使えず彼の胸に埋もれるように額を押し付ける。
息がうまく出来てるかさえ判らないくらい胸が苦しい―


「・・・そんな言い方・・・ずるい・・」

「。。。。」

「一度失望させたのに・・・」

「―悪かった」

「すぐ謝るのもずるい、自覚無いでしょ・・」

僅かに体を離したバッシュはの顔を見つめゆっくりとその距離を縮める。
近づくその顔に朦朧とする頭でやっと理解し言葉で抑えようとする。



「風邪、うつってしまう」

止めてはくれない彼を唇が触れる寸前で顎を指で遮る。


「―構わない」

「・・・だめ、困るわ。それに―」

私の言葉を断つように言葉を重ねるバッシュ。

「ああ、そうだな。、君の返事を聞いていない」

そんな事を言いたかった訳ではないのに。

「―っ・・・知ってるでしょう」

それを貴方に問うたのは私なのにどうしてそんな―――

「答えて、くれないか?」


『触れたいんだ』そう言われ見つめられた眼差し。
駄目だと否定する自分と、それを望む自分が一瞬の間で鬩ぎあう。

「。。。。

「―・・・ッ」


残っていた理性は呼ばれた名前によってその枷を失い欲望は言葉となる。




「―好き、、、だから触れて」



この歯痒さともどかしさから逃れられるのなら、
あなたに風邪をうつしても皆は許してくれるだろうか?


まるで自分の思いを確かめ合うように唇は角度を変え幾度となく重なり、
互いの指を絡ませあいながら続いてゆく。


『熱』に浮かされたのは彼か、それとも私−−だろうか・・・。